2008年03月
「十三の墓標」がドラマになり、宮津が舞台として登場する。
主演は近藤真彦。宮津出身の吉岡さんが出演する。
和泉式部伝説は全国各地にあり、小説では十三の墓標のうち、
佐賀の有明、丹後の宮津、信州の上諏訪が舞台となっている。
宮津の和泉式部の墓はどこにある?宮津の由良に住み、丹後研究を
重ねる坂本与一郎さんに尋ねてみた;
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「和泉式部は、丹後国司に任じられた夫の藤原保昌に随って宮津にやって
きたが、夫が都に帰るに当たり、独り宮津に残り、山中(やまなか)の
里に庵を結び、侘びの世界に生きた。
わびぬれば
けぶりをだにも絶たじとて
しばをりたける冬の山里
夕暮れは
物思うこの増日かな
われならさらん人に問はばや
最も妖艶な女流天才歌人、和泉式部は、丹後で、その生涯を終えた。
式部の墓は宮津の山中にある。」
-坂本与一郎 丹後学会 「大江山、和泉式部和歌物語」から
http://kinmirai.hp.infoseek.co.jp/chiki-tanngogaku-
ooeyama.htm
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山中(やまなか)の里*を訪ねると、式部の墓は、山すその畑の中に
あり、二基の墓標を中に左右に三基ずつ並んで立っていて、まるで
花ござに童女たちを随え座っているようだった。里の人は、女の子の
お祭りにお参りするそうだ。
*宮津駅の裏手、グンゼ宮津工場を東に府道45号線を車で10分、
日吉神社への道の手前右手山すそにある。
この道は、昔は、福知山から由良岳の西側を宮津に抜ける道であった。 山中で道を左手にとれば宮津に、右手に行けば栗田の浜に出る。
福知山から由良川沿いに由良の浜に出たひとは、そこから舟で栗田に
行き、山中を経て宮津に向かう。
いずれにしても、山中は京の都と宮津の府中との往来の要であった。
式部は、この地に庵を構え、都に上がるひとに歌を託し、ただただ、
都からの便りを待ちながら、余生を送ったのではなかろうか。
あらざらむ
この世のほかの思ひでに
いまひとたびの
逢ふこともがな 和泉式部
(小倉百人一首五十六番)
和泉式部イメージ画:David Bull「百人一首版画」から
「いや、会ったことないが、会ってみたいね。」
「?!栗田で取れるいちごのことじゃ。あまいで。」
宮津から舞鶴に向かい峠を一つ越えると栗田(クンダ)。
栗田湾の入江が眼下に開ける。地味の良さそうな農地に
ビニールハウスが点在する。
あきひめはここで栽培されている。
大粒だが、表面が薄く、やわらかで甘い。
あきひめは、静岡で生まれた改良種を、十数年前に
栗田に導入、栽培が始まった。工夫を重ね、今のあきひめが
誕生した。
表面が薄く、傷がつきやすいので、市場への出荷、通信販売は
しない。朝市で売ったり、近辺から買いにくる。
デリバリーを工夫して京阪神にもと思うが、美味いものは
取れたてをそこで食べる、それが一番。あきひめはそういう商品
なのだろう。
http://miyazu-clb.wablog.com/file/%E7%AB%A0%E5%A7%ABakihime+002.JPG
知人の中嶋章夫さんとこで栽培しているので訪ねた。
章姫を育てる章夫、かと思ったが、ハウス栽培の世話をするのは
お父さん。12月から出荷が始まり、5月まで続く。1年を通しての
世話はたいへんだそうで、仲間のひとりは、高齢で世話ができなく
なって栽培をやめたとのこと。
せっかく育ってきた栗田の名産、あきひめを若い人が引き継いで
いってほしいものだ。
木村隆之

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