2007年12月
おトトは関西で魚の幼児ことば。ととあわせカルタを売っている「とと工房」と組んでデザインしたカップ二つを合わせると鯛になる。
(こうするとカップを2個買ってもらえる?)
当主、昭和39年生まれの社長-中西哲也さん。
創業1832年の伝統は、名酒「白嶺」、辛口「酒呑童子」を世に出しているが、中西さんは、作り手の顔の見れる酒米を使うことが世の中の流れだ、と考え、契約栽培田の米を100%使うことを保証する酒「香田」を出した。
全国新酒鑑評会で三度の金賞を受賞した。
中西さんは、さらに、販売に新感覚を発揮する。カップ酒パッケージもそうだ。これはネット通販、お土産向き。
酒はやはり口コミということで口コミネットづくりに力を入れている。
由良の酒蔵を予約なしでいつでも見学できるようにした。
「天の蔵」と名づけ、試飲しながら酒談義を承る場です、と案内している。
酒と丹後と神々を愛する方は、いちどのぞいてみてはいかが?
木村隆之
まっすぐに伸びる細い小路がある。勘左衛門小路と呼ば
れる宮津の歴史道。
(絵図は、アートネットワークみやづ制作。
クリックすると拡大します。宮津に出かけるとき
ご利用ください。))
名前のいわくを訪ねると、関が原の戦の時代に
さかのぼる。
大阪方は、宮津城を攻め、徳川方について出兵した
細川忠興の後背を脅かした。宮津城の留守を守る
忠興の父幽斉は、城を焼き払って舞鶴に籠城する作戦
をとった。
その撤収と海上輸送を支えた漁師たちは、後に、褒美
として漁業権を安堵され、特に功労のあった勘左衛門は、
家から海までの道を持つことを特権として認められた。
この小路の一帯は、新浜という花街で、かって宮津が
丹後ちりめんの集散地として栄えた折、商人たちが
栄華を誇る舞台であった。往時は、3百人を超える芸妓を
抱え、「二度と行こまい丹後の宮津、縞の財布が空になる」
と宮津節に歌われた。
今はその栄華の面影はほとんどなく、むしろ、街の中心に
ありながら空き家が増え、さびれた一画となっている。
これに歯止めをかけ、まちの再生に向けた取り組みが
始まっている。
商工会議所は、空き店舗対策として、利用者に家賃を
補助する。
先に紹介した坂本詠子さんはこの制度を利用して店を
構え、まち再生に一灯をともした。
和貴宮神社の秋の祭りを再興しようと、新神楽の講が
立ち上がった。
宮津の町衆が、次の世代を担う人たちが、少しずつ
動き始めた。
木村隆之
「勘左衛門小路」*に店を開く。名付けて;
「古処(ここ)勘左衛門」
店に入ると、坂本さんが収集する「商人前垂れ」が
目に付く。坂本さん考案のタペストリー。
第一号商品は、丹後ちりめんの機屋(はたや)で
使われていた糸繰りに着物のキレを着せたランプシェード。
着せ替えができるのが工夫だ。
坂本さんは、
「こうした手仕事商品を増やしてゆく。手仕事大好きのお年寄り
がたくさんいらっしゃる。」
「小さな小さなお店ですが、戸をがらりと開けると、
懐かしい空間があります。古物に囲まれて、ちょっと
おしゃべりしに足を運んでみてください。」
12月13日が店開き。それに先立ち、今日前5日から12日まで、
万町ギャラリーで「安政~昭和の古物展」を開催する。
お問合せ:080-6170-3725 (古処勘左衛門)
772-22-3828 (万町ギャラリー)
*勘左衛門小路
この小路は、昔、関が原の戦の折、大阪方は、出兵した
細川忠興の後背を脅かした。宮津城の留守を守る忠興の父
幽斉は城を焼き払って舞鶴に籠城する作戦をとった。
撤収海路を支えた漁師たちは、褒美として漁業権を安堵
され、特に功労のあった勘左衛門は、家から海までの道を
特権として認められた。
木村隆之
いいの?”と聞かれますが、問合せ先などなにか
アドバイスできないものでしょうか。」―奥田貞人さん
からリクエストいただきました。
★宮津の漁師さんに尋ねてみました。
「純粋にカニだけ食べたいのか、あれこれ料理したカニ膳が
要るのんか、それによって店選びも違う。値は海の具合で
大きく違うから、予算を言うて取っといてもらうとよい。」
★ネットでカニなど地域産品を販売する「京の丹後屋」さんに
お薦め店を紹介してもらえるか、尋ねてみました。
「宮津のお店であれば、旅館でも飲み屋さんでも、安心して
食べていただけます。日時、人数、予算を明示しての
お問い合わせであれば、いくつか候補のお店をご案内させて
いただきます。料理価格などは直接交渉してください。」
⇒京の丹後屋 (http://www.webtango.jp/)
FAX : 0772-20-2151 お問い合わせは必ずFAXで。
宮津ファンクラブ 木村

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