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宮津ファンクラブ in みんなのワブログ
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2007年08月
磯清水「天橋立物語」-紹介その二
    第八章「和泉式部の世界」


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  橋立の 松の下なるいそしみず 
   みやこなりせば くまましものを
       和泉式部
     ******************************
 
  


文殊の橋を渡ってしばらくゆくと、
松並木の木立のなかに、橋立神社がある。
めだたない小さな社だ。その傍らにある井戸が「磯清水」。
古来より「長寿の霊泉」とされ、名水百選に入る。
  釣瓶を少しおろすとすぐに水が汲める。浅い井戸だ。
  真水である。

  天橋立は砂でできている。宮津湾と阿蘇海の海水に囲まれている。
  にもかかわらず、井戸の水に塩分はない。なぜだろう…
  
   西垣博士によると;
   天橋立の地下約60センチから160センチに、真水が海水の
   上に平たく乗っかって浮かんでいる皿上の地下水層がある。
   これが磯清水の源泉であり、8千本余りの松並木を養っている。
   地下水層は浅いので、松の根は浅く倒れやすい。
    
  和泉式部が歌に詠んだということは、磯清水は千年以上も前から
  あったということであり、その後も枯れることなく、水が湧き
  続けている。
  この歴史的遺産であり、自然の妙とも言うべき磯清水が、そして
  松が、地球温暖化による海面上昇によって水没する。
  博士は、「これは文明の負の遺産であり、来るべき海面上昇に
  いかに対処するかを研究しておかなければならない。」と提言
  されている。

  天橋立と平安王朝
  磯清水を詠んだ和泉式部は、11世紀はじめ藤原道長が権勢を
  ふるっていた平安王朝の代表的女流歌人。道長のお気に入り。
  その式部がなぜ丹後に来たのだろう…

  海人(あま)の海運力をもとに築かれた丹後王国は、渡来文物の
  輸入拠点として重要な地域であったが、やがて、瀬戸内海ルートが
  確保されるとともに、かっての地位を失い、大和朝廷の律令体制に
  組み入れられる。都から派遣される国司の支配を受ける。
  国司は官職であるが、実態は、富の収奪に奉仕する権力者の使用人。
  しかも丹後国司はBランク。丹後は、そういう国司に支配される
  地域に成り下がった。

  和泉式部は、丹後国司に任命された夫に同行し、丹後にやってきた。
  通い婚の時代に、しかも遥か山の彼方の地に赴任する夫に同行する
  というのはどういうことか?岩垣博士は、式部の歌を多く引用され、

「わたしはどこから来てどこへ?」「わたしはどこから来てどこへいくのか?」

 待望の「京都丹後塾」が開講されます。
 私は、10月22日(月)の
S-31「丹後の古代と地名」
  S-32「天橋立の登場と変遷」
S-33[日本海三大古墳がなぜ丹後につくられたのか」  
 10月25日(木)の
   S-40「丹後の佛教信仰と伝承」
   S-41[北前船と裂き織り」
   S-42「秘宝と伝説を訪ねる籠神社」                の6講座の受講を申し込みました。 
 丹後は、特に古代に素晴らしい歴史とロマンを秘めています。 
 面白いですよ。「京都丹後塾」の教室で、あなたと
 お目にかかるのを楽しみにしています。    
         (サー坊)
「京都丹後塾」実行委員会からのご案内

 公開講座“京都丹後塾”を今年10月に開催します。

 京都市内で丹後づくしの一週間~☆」:
  京都市内で丹後を「学び」、郷土料理を「味わい」、
  そして実際に丹後を「巡る」を体験していただきます。
  ぜひこの機会にご受講いただき、丹後にどっぷりつかり、
  その魅力を再発見してください。

> > > ▽主催
> > > 「京都丹後塾」実行委員会*
> > > ▽問い合せ先
> > > 講座編 龍谷大学エクステンションセンター(電話075-645-7892)
> > > 旅編  近畿日本ツーリスト㈱(電話075-255-1425)
> >  ▽詳しくは、次のウェブをご覧ください。   
    http://www.pref.kyoto.jp/news/press/2007/7/
      1184824348348.html
   http://rec.seta.ryukoku.ac.jp/rec_koza/top/
       guide/index.html#s 

  *「京都丹後塾」実行委員会
   丹後広域観光キャンペーン協議会、
   京都府商工部観光・コンベンション室、
   近畿日本ツーリスト㈱
   龍谷大学エクステンションセンター(REC)

写真は、由良川河口を渡る京都丹後鉄道の電車。
(西山宜昌氏提供)
天橋立物語 「天橋立物語」-その一

 今年の7月、「天橋立物語」という本が出版された。
 著者は京都大学名誉教授の岩垣雄一博士。
 宮津あるいは丹後について、語ろうという人には
 ぜひ読んでいただきたい本である。
    ********************************

 

★やせ細る天橋立

 博士は、海岸工学者として、30年前、やせ細る天橋立の再生を
 指導された。
 やせ細りの原因は、橋立の上手にある日置と江尻の二つの港の
 防波堤工事によって、天橋立の砂浜を波による侵食から守るに
 必要な砂の供給が滞り、渚が侵食される一方になったことによる
 ものだった。
 解決策として、二つの防波堤の上手に積もった砂を浚渫し、
 橋立の根元に運び、それを湾岸流に乗せて橋立に供給し、砂浜を
 養生する、という仕組みが講じられた。

 博士の今の懸念は、地球温暖化による海水面の上昇。海抜1~2
 メートルの天橋立は、このままでゆけば水没する。

 過去5千年の歴史のなかで宮津湾が生まれ、その後さらに3千
 5百年かけて、川が運ぶ土砂と宮津湾に流れ込む湾岸流の共同
 作業で天橋立ができあがった。*
 それが、この半世紀ほどのひとの営みで消えてゆこうとしている。
 
 博士は、天橋立を後世に末永く残すとすれば、2~1万年前に
 波見川河口に堆積されている大量の砂を資源として活用するよう
 提案されている。
 これは、天橋立を創造することに近い大規模な事業だ。経済的には
 計算に乗らず、国の事業として採択される可能性は低い。
 世界自然遺産指定を受けて、これを維持するための国家事業にする、
 という戦略はあるかもしれないが、保全のために人の手が入りすぎ
 ていて、指定そのものが難しい。

 究極の対策は、博士も指摘されるとおり、「京都議定書」の実効性
 をあげることであろう。
 宮津は、「天橋立を救おう運動」を起こし、「京都議定書」推進の
 旗を振ってはどうか。環境問題への取り組みという大義があり、
 日本の代表的景勝を保全する運動としてわかりやすく説得力がある。

 * 1万年前、宮津湾は陸地であった。海面は現在より35~40メートル
   低かった。その後の5千年間に海面は急速に上昇、現在より
   5メートル高くなった。これは「縄文海進」と言い、この湾岸流
   によって宮津湾ができ、川から流出する土砂を湾岸流が押し止めて
   江尻平地ができ、そこから天橋立砂嘴が南に向かって伸びていった。

      木村隆之
龍と巫女の舞7月24日夕の天橋立文殊堂。
海上を照らす数多くの松明の中で
龍と巫女の舞が演じられ、観衆を
魅了しました。

◆出船祭の由来をご紹介します。

太古の昔、いざなぎのみこと・いざなみのみこと
という神様が日本列島、そして天橋立をお造りに
なりました。 
この神様が出来上がった地上をごらんになりますと、
龍が大暴れしていて人々が住むことができません。
神様たちは毎日相談されました。いざなぎのみことが
申されますには、中国五台山におられる文殊菩薩こそ、
智恩第一の仏様で、昔から龍神の導師である。
悪龍もきっと改心するであろうと。
そこで神様達は五台山から日本海の荒波を越えて、
文殊菩薩を丹後天橋立のこの九世の戸(文殊)へ
お迎えされたのであります。
文殊菩薩は千年の間、この文殊の地でやさしく慈悲の
心をもって説法されました。
やがて改心して善龍となった龍は仏に帰依し、人々を
守護することを誓ったのであります。
これが今、智恩寺に伝わり鎌倉時代の作であると
いわれております「九世の戸縁記」に記されてる由来です。

 白数 敦司
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